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万代町(ばんだいちょう)は神奈川県横浜市中区の地名。関内駅から伊勢佐木長者町駅の間に位置し、1丁目から3丁目より成る。 == 沿革 == 1871年(明治3年)神奈川県知事は、横浜港と根岸湾とを結ぶ運河・堀割川の開削と、その土砂を利用した吉田新田南一ツ目の遊水池(一ツ目沼)の埋め立てを企画。吉田新田を開墾した吉田勘兵衛(子孫)と吉田常次郎、渋谷市右衛門がこれに応じ、横浜商人4人を加え、ウォルシュ商会からも借り入れをして1874年に工事が完了した。 中村川と派大岡川、埋め立てと共に開削された吉田川と日之出川に囲まれた埋立地は、瑞祥地名として北から万代町・不老町・翁町・扇町・寿町・松影町と名付けられた。 その工事費は膨大なものになり、返済不能となって一時は外交問題に発展するが、政府が負債を肩代わりして全て官有地となった。 折りしも同年に相生町の火災が発生、罹災者に当地を無償で貸与。 さらに発生した元町の火災でも同様の措置を実施したため住民が急増、馬車道に注ぐ繁華街となった。 しかし1903年の大火で、繁華街は伊勢崎町へと移ってしまう。 1878年に横浜区へ、1889年に横浜市へ、1927年には横浜市中区へ編入される。 1978年には派大岡川が埋め立てられて首都高速神奈川1号横羽線に、吉田川が埋め立てられ大通り公園になっている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「万代町 (横浜市)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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